未来を予測するのではなく、可能にする
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RIKKAとエフェクチュエーション
「未来とは、予測するものではなく、可能にするものである」
——アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ『城砦』
最近、「エフェクチュエーション」という言葉を知りました。
経営学者のサラス・サラスバシーが、熟達した起業家たちの意思決定を研究し、体系化した考え方です。
簡単にいえば、未来を正確に予測してから行動するのではなく、今あるものから始め、人との出会いや予想外の出来事を取り込みながら、自分たちで未来をつくっていく方法です。
その説明を聞いたとき、少し驚きました。
RIKKAがこれまでやってきたことに、あまりにもよく当てはまっていたからです。
もちろん、私たちはエフェクチュエーションという理論を知って、事業を始めたわけではありません。
最初から、栽培、製麦、醸造、販売までをつなぐ、完成された事業計画があったわけでもありません。
振り返ってみると、目の前にあるものを使い、その時々に出会った人と考え、必要なことを一つずつ引き受けてきただけでした。
2019年、豊浦の畑から
私たちが最初に大麦栽培を始めたのは、2019年の豊浦町でした。
その後、北海道内の各地で栽培を試み、2023年に浦幌町での栽培が始まりました。
土地が違えば、土も気候も違います。
人との関係や、地域の事情も異なります。種を播けば、必ずその土地で取り組みが続いていくわけでもありません。
思いどおりに進まなかった場所もありました。
それでも、各地で大麦を育て、人と出会い、試行錯誤を重ねてきました。
2019年に豊浦で最初の種を播いたとき、現在のRIKKAの姿を詳細に描けていたわけではありません。
むしろ、最初に考えていた事業の形は、今よりずっとシンプルなものでした。
本当は、自分たちで栽培するつもりではなかった
RIKKAは、最初から自分たちで大麦を栽培し、製麦し、醸造所まで持とうと考えていたわけではありません。
当初思い描いていたのは、不耕起有機栽培というリジェネラティブ農業を農業者に実践してもらい、そこで収穫された大麦を私たちが適正な価格で買い取るという仕組みでした。
その大麦を麦芽に加工し、ビールの醸造は専門の醸造所へ委託する。そして、完成した商品をRIKKAが販売する。
このサプライチェーンを構築することができれば、それでよいと考えていました。
私たちが目指していたのは、自分たちが農業者や醸造家になることではありません。
農業が環境に負荷を与えるだけではなく、土壌を再生し、地球温暖化を逆転させる力になり得ることを、実際の事業として示すことでした。
ところが、最初の段階で壁にぶつかりました。
不耕起有機栽培で大麦を育ててくれる人が、なかなか見つからなかったのです。
それなら、自分たちで育てるしかない。
そうして2019年、豊浦町で大麦栽培を始めました。
農業をやりたかったから始めたというより、目指すサプライチェーンの最初の部分を担う人がいなかったため、自分たちがそこへ入ったのです。
大麦を育てるようになると、次は、その大麦を私たちが求める麦芽に加工してくれる場所が必要になりました。
見つからなければ、自分たちで製麦する。
そして、畑や大麦の特徴、自分たちの考えを、より深く味に反映させようとすれば、醸造も自分たちで担う必要が出てきました。
こうしてRIKKAは、当初予定していなかった栽培、製麦、醸造へと、少しずつ足を踏み入れていきました。
計画どおりにいかなかったから、今のRIKKAが生まれた
エフェクチュエーションには、「レモネードの原則」という考え方があります。
予想外の出来事や計画どおりにいかなかったことを、単なる失敗として終わらせず、そこから新しい可能性をつくるというものです。
RIKKAにとって、「不耕起有機栽培を実践してくれる人が見つからなかった」という出来事は、まさにそれでした。
普通なら、その時点で計画は止まっていたかもしれません。
しかし私たちにとっては、計画を諦める理由ではなく、自分たちの役割を変えるきっかけになりました。
予定していなかった栽培を始めたことで、土の状態や大麦の変化を、自分たちの目で見るようになりました。
製麦を始めたことで、畑で起きたことが、麦芽にどう表れるのかを考えるようになりました。
醸造を始めたことで、その違いを最終的な味わいとして届けられるようになりました。
予想外の制約によって、当初の計画よりも手間も責任も大きくなりました。
一方で、その制約がなければ、現在のRIKKAは生まれていなかったと思います。
最初から、栽培から醸造までを垂直統合する経営戦略があったわけではありません。
目的を実現するために必要な役割を担う人がいなかったので、自分たちで一つずつ引き受けてきた。
その結果として、
大麦を育てる。
自分たちで製麦する。
自分たちで醸造する。
商品として販売する。
生まれた価値を、再び畑と地域へ返す。
という、現在のRIKKAの事業構造ができました。
誰もやらなかったから、自分たちで始めた。
やってみたから、初めて分かったことがある。
そこで得た知識や技術が、さらに次の可能性を生み出した。
計画どおりにいかなかったことが、結果としてRIKKAにしかない事業の形をつくったのです。
手元にあるものから始める
エフェクチュエーションには、「手中の鳥の原則」というものもあります。
自分は何者か。
何を知っているか。
誰を知っているか。
まずは、この三つから始めるという考え方です。
RIKKAにあったのは、大麦を育ててみようという意思、環境について学んできた知識、少しずつ身につけた製麦と醸造の技術、そして各地で出会った人たちとのつながりでした。
必要なものがすべて揃ってから始めたのではありません。
始めたからこそ、次に必要なものが見えてきました。
農薬や化学肥料に頼らず、大麦を育てられないだろうか。
土を耕さないことで、土壌や生きものはどう変わるのだろうか。
地域で育てた大麦を、その地域の価値に変えることはできないだろうか。
農業と製麦と醸造をつなげたら、その土地らしい味は生まれるのだろうか。
一つの問いに向き合うたびに、次の問いが生まれました。
不耕起栽培を始め、大学と土壌を調べ、製麦設備を導入し、醸造免許を取得する。農家や研究者、料理人、地域の事業者とのつながりも生まれました。
そうして振り返ると、
大麦栽培
製麦
醸造
販売
研究
地域づくり
という一つの流れができていました。
事業を意図的に横へ広げたというより、一つの問いを深く掘っていった結果、必要なものがつながっていったのだと思います。
クレイジーキルトと六花
エフェクチュエーションには、「クレイジーキルトの原則」というものがあります。
あらかじめ完璧なチームや計画をつくるのではなく、活動に共感し、自ら参加してくれる人たちと、異なる布を縫い合わせるように未来をつくっていく考え方です。
この言葉を知ったとき、RIKKAという社名の由来と、どこか共通しているように感じました。
RIKKAは、漢字で書くと「六花」。
雪の結晶を意味します。
雪の結晶は、空気中にある微粒子などを核として水蒸気が集まり、その時々の温度や湿度の影響を受けながら、少しずつ枝を伸ばしていきます。
同じ形の結晶は、二つとないともいわれています。
RIKKAも、企業としてそのような存在でありたい。
自分たちだけですべてを抱え込むのではなく、一つの核となり、そこに人、土地、知識、技術、文化が集まる。
それぞれをつなぎながら、全体として美しい形をつくっていく。
そんな思いを込めて、RIKKAと名付けました。
200粒から増やした「北大1号」も、私たちだけではビールになりませんでした。
種を守ってきた北海道の機関。
少量の種を増やしてきた人たち。
浦幌で栽培する農業者。
製麦と醸造を担うRIKKA。
その価値を受け取り、飲んでくれる人たち。
それぞれが持つものが、一つの核の周りにつながり、「穂ばらみ」という形になりました。
誰か一人が最初から全体を設計し、役割を割り振ったプロジェクトではありません。
人との出会いが次の可能性を生み、その可能性が、さらに別の人を呼び込んだ結果です。
考えてみれば、RIKKAという名前を付けた時点で、私たちはエフェクチュエーションという言葉を知らないまま、その思想を思い描いていたのかもしれません。
失っても立ち直れる範囲から始める
「許容可能な損失の原則」は、どれだけ利益を得られるかを予測して投資するのではなく、失敗したとしても、どこまでなら引き受けられるかを考えて行動するというものです。
私たちも、最初から大規模な農地や大きな工場を持ったわけではありません。
小さな畑から始め、土地を変え、方法を変えながら栽培を試してきました。製麦も醸造も、小さな単位で実践し、失敗と修正を繰り返してきました。
もっとも、現在のRIKKAは設備や事業が増え、創業当初よりも背負うものが大きくなっています。
だからこそ、これからは「何ができるか」だけではなく、「どこまでなら責任を持って引き受けられるか」を、より慎重に考える必要があります。
エフェクチュエーションは、無計画に挑戦を続けることではありません。
挑戦を続けるために、自分たちが耐えられる範囲を見極める考え方でもあります。
自分たちが動かせることに集中する
そして、「飛行機の中のパイロットの原則」。
未来を予測することに力を使うより、自分たちが動かせることに集中し、行動によって未来をつくっていくという考え方です。
サン=テグジュペリも、作家であると同時に飛行家でした。
彼が飛んだ時代の空は、現在よりもはるかに予測が難しく、危険なものだったはずです。
天候や風を支配することはできない。それでも、目の前の状況を読み、自分が操作できるものに集中し、進む方向を選ぶことはできる。
「未来とは、予測するものではなく、可能にするものである」という彼の言葉には、飛行家としての感覚も含まれているように思います。
農業も、製麦も、醸造も、すべてを思いどおりにすることはできません。
気温も、雨も、風も、人間の都合には合わせてくれません。土地が変われば大麦の生育も変わり、製麦や醸造も原料の状態によって変化します。
未来を完全に予測することはできない。
それでも種を播き、観察し、手を入れ、起きたことに応答していくことはできます。
考えてみれば、農業そのものがエフェクチュエーション的なのかもしれません。
サーフィンもよく似ています。
波を自分で起こすことはできません。しかし、風やうねりを見て、その日に来た波に合わせて動くことはできます。
自然を支配することはできなくても、自分がどう関わるかは選ぶことができる。
RIKKAが大切にしてきたのも、その姿勢なのだと思います。
進み方は変わっても、方向は変えない
エフェクチュエーションとは、行き当たりばったりという意味ではありません。
進み方は変わっても、向かう方向を見失わないことです。
RIKKAにも、変わらない方向があります。
土を健やかにすること。
地域にあるものを生かすこと。
生産者と飲む人をつなぐこと。
背景だけでなく、おいしさとして届けること。
商品や方法は、これからも変わるかもしれません。
一緒に取り組む人も増えていくでしょう。当初は想像していなかった仕事が生まれるかもしれません。
それでも、一つひとつの判断を同じ価値基準で選び続ければ、事業には筋が通っていく。
2019年に豊浦で播いた大麦から、各地での試行錯誤を経て、2023年に始まった浦幌での栽培、そして現在の製麦と醸造まで。
最短距離ではありませんでした。
けれど、各地での経験や出会いは、途切れた点ではありません。
その一つひとつが核の周りに集まり、現在のRIKKAという結晶を形づくっています。
人が関わることで、自然は豊かになれるのか。
農業は、環境を損なうだけではなく、再生する力になれるのか。
そして、その取り組みを、おいしく、経済的に続けることができるのか。
まだ答えは出ていません。
事業としても、苦労の方が多く、これから越えなければならない課題がたくさんあります。
けれど、未来のすべてが見えるまで待っていたら、何も始まりません。
今あるものから始める。
仲間とつながる。
予想外の出来事から学ぶ。
引き受けられる範囲を考える。
そして、自分たちが動かせることに集中する。
異なるものをつなぎながら、少しずつ形にしていく。
「エフェクチュエーション」という言葉を知らないまま、私たちはその道を歩いてきたようです。
未来とは、完成した姿を正確に予測することではなく、今ここにあるものから可能にしていくものなのだと思います。
RIKKAの結晶は、まだ完成していません。
だからこそ、私たちはこれからも、人と人、畑と醸造、地域と自然をつなぎながら、その未来を一つずつ可能にしていきます。
