第18回 なぜ農業とビールを分けなかったのか
一般的には、
農業とビールづくりは分業されています。
農家が原料をつくり、
製麦会社が麦芽にし、
醸造所がビールをつくる。
それぞれが専門性を持ち、
効率よく役割を分担する。
とても合理的な形です。

分けることも考えていた
RIKKAでも、
最初からすべてを一体でやろうと
決めていたわけではありません。
原料を仕入れる。
製麦を外に委託する。
醸造に集中する。
そうした選択肢も、
現実的に考えていました。
むしろ、
その方が安定する場面も多いと思います。
現場で感じた違和感
ただ、
実際に大麦の栽培に関わるようになると、
少し違和感が出てきました。
同じ品種でも、
年によって状態が違う。
同じ圃場でも、
場所によってばらつきがある。
その違いは、
収穫したあとも消えずに残ります。
製麦で起きる変化
さらに、
その大麦を製麦していくと、
吸水の具合や発芽の進み方が、
毎回少しずつ違う。
温度や時間を調整しても、
完全に同じにはなりません。
味につながっていく
その違いは、
最終的に味に影響します。
微妙な変化ですが、
確実に現れます。
つまり、
- 農業
- 製麦
- 醸造
それぞれが独立しているのではなく、
連続した一つの流れとしてつながっている。
分けたときに見えなくなるもの
もし途中で分業してしまうと、
このつながりが見えなくなります。
結果として、
「安定した原料」
「安定した製品」
として扱われる。
それはそれで正しいのですが、
その前にあった変化は、
ほとんど意識されなくなります。
効率ではなく、理解のために
農業から醸造までを一体で行うことは、
効率が良いとは言えません。
時間も手間もかかります。
それでも分けなかったのは、
この流れを、自分たちの手で理解したかったから
です。
判断の連続としてのビール
どこまで整えるのか。
どこまで受け入れるのか。
その判断は、
農業の段階からすでに始まっています。
ビールづくりは、
最後の工程ではなく、
最初から続いている
判断の連続なのだと感じています。
