それでも売る、という選択
2月最後の投稿では、
RIKKAの考え方が、
市場の構造と必ずしも合っていないことを書きました。
分かりやすくない。
比較しにくい。
一言で説明できない。
こうした特徴は、
商品としては不利です。
では、
ここまで考えているのなら、
なぜそもそも「売る」必要があるのでしょうか。

売ることをやめる、という選択肢
正直に言えば、
何度も考えました。
- 研究として続ける
- 自家消費の範囲でつくる
- 実験的な活動として残す
その方が、
市場との摩擦は減ります。
評価を気にする必要もありません。
けれど、
その選択には、
ひとつの違和感がありました。
問いは、社会の中でしか意味を持たない
不耕起有機栽培も、
自社製麦も、
味を揃えすぎない設計も、
すべては、
ひとつの問いから始まっています。
このやり方は、
持続可能な事業として成り立つのか。
もし売ることをやめてしまえば、
その問いに答える機会も、
同時に失われます。
成立するかどうかは、
市場の中でしか分からない。
だから、
売ることは避けられませんでした。
売ることは、評価を受けること
商品として出すということは、
- 価格をつける
- 比較される
- 選ばれるかどうかを問われる
ということです。
それは時に、
厳しい現実を突きつけます。
思ったほど売れない。
理解されない。
価値が伝わらない。
けれど、
それらはすべて、
この考え方が、社会の中で
どこまで成立するのか
を示す、
最も正確なフィードバックでもあります。
売上は、結果であって目的ではない
ここで、
考え方が少し変わりました。
売上を増やすことを、
目的にするのではなく、
- この設計が続くか
- この価格で成立するか
- この量で回るか
そうした
持続可能性の指標のひとつとして、
売上を見るようになりました。
売れるかどうかは、
評価というより、
実験結果に近い感覚です。
「売る」と「合わせる」は同じではない
市場に出る以上、
調整は必要です。
しかし、
ここで気をつけていることがあります。
売るために、
考え方まで変えてしまわないこと。
- 分かりやすくしすぎない
- 過剰に演出しない
- 都合の悪い部分を隠さない
売ることは続ける。
でも、
合わせすぎない。
そのバランスを、
探し続けています。
ビールは、問いを外に出すための媒体
RIKKAにとって、
ビールは単なる商品ではありません。
農業のあり方。
地域との関係。
持続可能な事業の形。
そうした問いを、
社会の中に置くための媒体です。
もし誰にも届かなければ、
問いは存在しないのと同じです。
だから、
売ることをやめることは、
問いを閉じることでもあります。
